作品名:ブルー・ブルー・ナイトスカイ
作者:しょゆ
■ 目次
プルルルルル プルルルル
「はい、佐武です」
「本日、不在のお届け物を預かっています」
「あ、そうですか。届けなおしてもらえますか?」
「いいですよ……。今日、あなたに死をお届けします……ブツッッ・・・ツーツー」
ブルー・ブルー・ナイトスカイ
「っ!!なんだって?」
アスカが立ち上がった。それは、まだ担任の青木が数式を説明している途中の、夏の昼下がりのことだ。
「狭川さん。もう一度説明して欲しいのなら手を上げてください……」
教室がクスクスと笑う。ジュンをにらみつつ、アスカは恥ずかしそうに着席した。
「なので、係数の数字は――」
再び担任の催眠術講座が始まったようだ。アスカは再びジュンをにらみつけた。
「なっ、ボクは何もしてないじゃないか」
ジュンは息のみの声で会話をした。
「いいえ、アンタのせいよ。コールマンが出たなんていうから」
「コールマンって言っただけで、立ち上がるなんて思わないよ」
ジュンは顔を伏せて、アスカの怒りを免れようとしていた。アスカは一度大きな息を吐いて、背もたれにのしかかった。
事は一週間前。誰も信じない噂があった。
『この電話を受けたものは、その日のうちに死ぬでしょう』
まるで都市伝説だ。噂は人をエサとして広まるって事がまじまじと分かる。
「で、電話を受けたのは誰?」
「二組の佐武君って男子。ほら、剣道部の」
「コレで3人目か……」
アスカは開いた窓から空を眺めた。スカートが風でふわりと浮いた。
電話越しに殺害予告を受けたものは、過去二人。
一人目は野球部の菊池。部活の帰り道に首を絞められて殺されていた。
二人目は女子バレー部の宮田。クラスの委員長で、人気もあった。彼女は自宅を放火され、その犠牲となった。
宮田の家族は幸運にも出かけていた。
いずれの二人も、嫌がらせの電話があったと口々に言っていた。
「授業終わったら行くよ」
アスカが茶色い髪をなびかせながら言った。
「分かったよ」
二人は二組へ行った。
「まぁジュンちゃんはここで見てなさい。私がちゃーんとやるから」
「じゃあ連れてくるなよ……」
アスカに聞こえない声でぼやいたが、アスカはむっとしていた。
―――アスカ・作戦スタート―――
「ゲホッゲホッ キャッ」
アスカが佐武に倒れ掛かる。
「ごめんなさい……私としたことが……コホッ」
「……ぶりっ子女……」
ジュンは念には念を入れ、聞こえないようにぼやいた。
アスカは佐武に倒れ掛かり、わざとらしくペコペコを繰り返した。
「……大丈夫、ですか?」
佐武が弱弱しくアスカを押しのけた。邪魔と言わんばかりに。
『あら、美貌作戦失敗かしら』
「当たり前だろアスカのヤツ!佐武は死の宣告受けてるんだよ!」
ジュンは小さく小さく叫んだ。
それでもアスカは演技を続けた。
失敗するわけがないと考えているなと、ジュンは鋭く読みきった。
「私、前から佐武君の事……気になってたの……屋上へ来てもらえるかしら」
「いいよ。今行こう。コールマンの事なら何だって話すからさ……終わったらそっとしておいてくれ」
ジュンもアスカも、佐武の絶望っぷりに、あっけにとられた。
三人が屋上へ行った。
「自己紹介します。私が狭川アスカ。こっちの冴えないのが三橋ジュン」
「そう……。オレは剣道部の佐武。今日中に死ぬんだ……まだ彼女すら出来なかったってのにな……」
「そう落ち込まないで、佐武君。僕たちが解決してあげるから」
ジュンは佐武の肩を叩いた。
「警察だって、一応家の周り巡回するから大丈夫だって言ってた。でも、もうダメなんだ!」
佐武が声を荒げた。泣きそうだねぇ、とアスカがぼやいたのを、ジュンは聞き落とさなかった。
「そんなことないわ。私たちは独自にコールマンの調査を進めていた。もうすぐ犯人が割り出せそうなのよ」
「えっ……?ほ、本当!?でも、たかだか俺らと同い年の言う事だもんな……」
アスカは屋上の風に身を包み、長髪を風に乗せながら言った。
「犯人なんて、今この青空の下にいるのよ。夜になったって、昼だって同じこと。犯人は見えないわけじゃない。消えるわけじゃない。存在する限り、犯人は絶対いるんだから」
その言葉は強く響いた。
昼休み。ジュンは佐武に作戦を説明した。
「この紙を学校の事務局に提出して」
封筒を渡した。中身はまだ言えないとの事。それが作戦に影響出てしまう可能性があるからだった。
「あとは、ボクの家へ来て」
「あの、アスカちゃんは?」
佐武は恥ずかしそうに聞いた。助かる可能性を提示され、生きてることを実感したのだろう。
「作戦のために、別なところにいるよ」
佐武は学校へ行った。ジュンから預かった、正体不明の封筒を、事務局の佐々木さんに渡した。
それから、ジュンの指示に従い、佐武一家を丸ごとジュンの家へ一日泊めることに。
これも作戦の一部だ。
そして、佐武が死の宣告を受けた日の午後、6時。
学校の周りは部活終了の下校で、生徒が帰る。一人はコールマンにおびえ、一人はコールマンなど信じず、大半は何も考えていないようだった。
アスカは空き家に居た。学校から程遠くない位置、大家に頼んで一日借りた。
「ふぅー。もうすぐのはずだわ」
ジュンは願うように、佐武と黙り込んでいた。
「頑張れ……アスカ」
「……オレ、死なないよな?三橋……」
佐武が時計を気にしながら言った。
「大丈夫……。だって、封筒の中身は―――」
足音。来た、とアスカは感じた。
ピンポーン
「おーい。いるんだろう?私だ、担任の青木だ」
アスカはため息をついた。青木だった。
「あけてくれー。連絡があるんだ」
ドアノブが動いた。鍵はかけてない、青木先生はそのことに気づいた。
「おーい……佐武……忙しいトコすまないね……」
「封筒の中身は、『引越しのため、住所変更します』なんだ」
ジュンは時計を見た。そろそろ犯人が現れた頃だ。
「おかしいな、何故狭川がいるんだ?佐武に連絡があるんだが」
「……なぜ、ここが佐武君の家だと分かるんです?」
「事務局に連絡したらここへ越したと聞いたからな」
「どうして事務局へ?」
「佐武の家へ連絡しても電話が通じなくってね」
アスカはすっと目線を上げた。
「おかしいですね。佐武君の家は電話通じますけど」
青木は一瞬目を泳がせた。
「先生、あなたは電話をしたんじゃなくて直接佐武君の家へ行った、違いますか!?」
「何を……」
アスカは追及の勢いを弱めなかった。
「家へ行ってもモヌケの殻。普通に考えればコールマンに怯えてどこかへ行ったとしか思えないでしょう!だからですよね!?」
「それが、どうしたと、言うんですか?狭川さん」
「誰もいない!だから事務局へ連絡を取った!そこで引越しと聞かされたので、電話が通じないと思い込んだ!」
アスカの声は次第に上がった。
それに対応するかのように青木の声も荒いだ。
「だから、それがどうしたと言うんだね!?」
「あなたがコールマンだ!!!」
アスカは指を差した。
青木は目に怒りを込め、しかし何もいえていない。
「一人目も二人目も、どちらも夏の部活動の生徒だ。それに運動系。先生は部活が終わった後なら生徒がどこにいるか、大体把握できていた。一人目も二人目も、コールマンなんてあまり信じていないから、部活が終わったら家に戻ると決まってる、だから部活をしている生徒を狙った!部活をしていない生徒はどこかへ遊びに行ってしまうかもしれない、一方部活生なら、遊ぶ体力も時間もないから――」
青木がアスカの声をさえぎった。
「おかしなことを言うな!狭川!大体部活がどうのだと!?サボったらどうする!穴だらけじゃないか!」
青木の怒り狂う表情を見て、なぜか一気に表情を落としていくアスカ。
自然と声まで小さくなっていく。疲れたこともあるのだろうか。
「逆です。教師ならサボる事だって分かる。サボられたら困るから、だから犯人は教員のなかにいると確信できる」
アスカは付け加えた。
「それに、教員は電話だって住所だって、一番分かる立場にいる。同じ学校の生徒ばかり狙うメリットなんてそれくらいしかないじゃないですか」
部活動の事から教員濃厚。住所変更にいち早く気づいた青木濃厚。電話が切れたとボロを出し、もう決定したようなものだった。
「証拠でもあるのか!?」
「じゃあ、警察へ行って『証拠がないこと』を証明してもらってください。今の先生なら、そのことのほうが難しいんじゃないですか……?それに、佐武君の居場所を必要とするのは、2組の担任と剣道部顧問、それとコールマンだけでしょ。先生は顧問でも2組でもない。だからコールマンなんです……」
追い詰められた青木は大量の汗とうなり声を上げていた。アスカをにらみつけたまま。
青木は電話をポケットから取り出して、どこかへかけた。
するとアスカの携帯がなった。青木先生からだった。
目の前の青木が、目の前のアスカへ電話。おかしい。しかしアスカはあえて電話に出た。
「もしもし?お届けものがあるんだが」
「……」
「今目の前まで迫っている、死を、届けてやろう……」
青木は口元を吊り上げ、裂けるかと思うほどに笑った。携帯を投げて、服の裏側から包丁を取り出した。
「お前も犠牲にしてやる……!!!」
青木が切りかかる。アスカの腕をかすめた。傷は深くなかったが、地面に血が滴っている。
「へへへ……まさか3人目でばれるとはな……カッカッカ」
青木が大振りでアスカに襲い掛かる。アスカは悲しそうな表情で目をつむった。
「三橋……アスカちゃん大丈夫かな」
「……祈るんだ。いつも、僕にできるのはこれしかないんだ……」
『私、青木先生の事嫌いじゃなかった……せめて違う先生であって欲しかった……』
アスカは青木の懐に一歩で踏み込み、目をつむったままアゴを殴り飛ばした。
骨が折れたか砕けたか、鈍い音と共に青木の全身の力が抜けた。
よだれを出しながら、仰向けに倒れこんだ。受身を取ることすら出来ていないところを見ると、直撃を食らってすぐに気絶したらしい。完全なる白目だ。
「コールマンはプライドが高い。確実に予告をしたものだけを、その日のうちに殺しているもの。放火された宮田さんは、家族が出払うことまで知っていた……。プライドが高いから、あなたはまだ、殺人を犯していくし捕まる訳もないと考えた。と、推測すると、先生、あなたの家には、まだコールマンの変声機とか……って聞いてないわね」
アスカは血の滴る腕を、スカートを破ってヒモを作り止血した。
アスカはジュンに成功の報告。そのまま病院へ行った。
ジュンが警察に連絡し、青木宅を家宅捜索をした結果、やはりコールマンの証拠が山のように出てきた。
供述によると、青木被告の動機は、生徒に馬鹿にされた、授業を無視するから殺したくなった。だった。
「アスカ。ボクを信用してくれたっていいじゃないか」
「なによ、ジュン。ジュンのくせして」
「その包帯グルグルの腕だよ」
「それがどうしたっていうのよ。コールマンに切られたの。空手に刃物は無いから戸惑って」
「切らせたんでしょ?もし、青木から証拠が出なかったときのために、切らせて罪をつくろうって考え――」
「なによジュン!心配してるのか説教してるのか分からないじゃない」
「心配だよ」
「……ジュンはいつまでたってもジュンよ!ドジ!バカぁ!あほっ!!」
「いつかもそーやって傷つくってた。ボクの作戦が失敗するかもしれないけど、アスカの身体が傷だらけになるなら、こんな事、もう協力しないよ」
「……ジュ ――ー」
「おおーい、アスカちゃーん!ねぇ、ねぇ!佐武だよ!君が愛してやまない佐武だよ!また屋上行こうよ♪」
「――ン。ジュン。ここはアンタに任せたわよ」
「ねぇ、なんで逃げるの?ねぇ、三橋、アスカちゃんなんで逃げるの?」
「――ワカンナイ……」
夜も、昼も、犯人はいつだって雲ひとつ無い空の下にいる。
真実は、夜の青空の下に――
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