作品名:毎週火曜日は燃えるゴミの日
作者:最弧糾雲
■ 目次
「出てってよ。あんたの顔は、見たくない」
そう言われて、男は部屋を追い出された。
喧嘩のきっかけはゴミ出しのことだった。
女の仕事は物書きで、男の仕事は家事全般だった。当然ゴミ出しは彼の仕事だったのだが、あいにくこの日は寝坊してしまった。
締切日で機嫌の悪かった女がふとした拍子に思わず男を怒鳴りつけた。一方男のほうもいきなり怒鳴った女を気がつけば怒鳴り返していた。
結局のところ、売り言葉に買い言葉といった感じで、お互い罵合い、結果謝るタイミングを逸してしまった。ここまで拗れた理由はこんなところだった。
 ついていない時というのはついてない事が連鎖するもの。男が家を出たとたん急に空が暗くなったと思ったら、五分とたたずに土砂降りとなってきた。
急いで喫茶店に駆け込むと、「ブルマンを一杯」と注文した。店の中はがらんとしており、中にいたのは、ひげ面のマスター一人きりだった。
マスターは、ずぶ濡れの男をじろっと睨むと、何も言わずにタオルを投げた。男が受け取ったのを確認すると、顎をしゃくって奥の席に促した。
男は席に着くと、備え付けのマッチで煙草をつけ、一服した。十年付き合っているマルボロだったが、この日ばかりは他人行儀な味がした。
運ばれたコーヒーを飲んでみても、無駄に苦く、やたらと不味かったので、飲むのをやめた。
とうとうやる事がなくなった男は、ちびりちびりとコーヒーに口をつけながら、空しそうにシュガースティックをまわし始めた。
ちょうどコーヒーが冷め切った頃、店のドアが開いた。
男はぎょっとした。喧嘩別れした女だった。
女は肩で息をしながら「モカ一つ」と短く告げると、男の対面に腰掛けた。
女の服装はユニクロのTシャツにジャージで、泥だらけのコンバースを履いていた。無論、びしょぬれだった。
今にも泣き出しそうな表情で女は俯いると、ゴミ、出しといたよ、とつぶやいた。男は僅かばかりびくっと反応してしまったものの、何事も無かった振りを装って、そう、と短く返した。
「あんた……その、いつも、私さ、ただ書いてるだけでさ、何もやってなかったね。よく考えたら、ゴミの捨て場がどこ高もわかんなかった。だからさ、あんたがちょっとくらいぐずで、馬鹿でも、私には、大切だったんだね」
精一杯の強がりを見せながら、女は女なりに謝っていた。
 男は一言、風引くぞと言って、女にタオルを差し出した。
「無理して雨の中捨てなくても、コンビニあたりに捨てればよかったじゃんか」
「……わかんないけど、ちゃんとゴミ捨て場に持ってかなきゃ、いけない気がしたのよ」
 女は髪の毛を拭き終わると、男に返した。
「俺もさ、その、出し忘れたの俺だから、……その、わりかったよ。なんかおれも、先に誤んなきゃいけない気がした」
「……コーヒー、せっかく頼んだんだから、冷めないうちに飲みなさいよ」
「……おう」
まだ二人は固たいままだった。硬いままだったが、何か心のどこかがすっと軽くなったのを、お互いが自覚していた。
マスターは相変わらず黙ったまま、熱いモカを二杯持ってきて、黙ってブルマンを下げた。
外を見ると、雲の切れ間から太陽がのぞいていた。

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