作品名:象
作者:牟礼鯨
■ 目次
 最初の記憶は二十四時間の航海である。いくらそれ以前に遡ろうとしても、那覇から鹿児島へと向かうフェリーの二等船室よりも前の記憶には手が届かなかった。古代の神話には人類にはとうていどうやってもそれ以前には遡れないという限界があって、「神話的時間」という名前が人類学者によって名付けられている。この物語においても那覇で過ごした最後の眠れない夜が「神話的時間」となって、象の記憶に万里の長城のような果てのない壁を築いていた。

 だから象の物語は二〇〇九年十月五日午前七時那覇港発のフェリー「なみのうえ」号からはじまる。象は長旅の成果と沖縄での放埓の結果として、慢性的な口舌炎に悩まされていた。いくら歯と歯の間に小さな突起をはさんでそれを顎の力で押し潰そうとしても、つるりとすべってますます舌の痛みが増した。ゴーアチャンプルを食べても舌が痛んだし、ソーキそばでさえ炎症をさらに痛めつけた。何か口内の炎症によく効くビタミン剤でも売っていないかと象が船内をさまよっていると、金髪碧眼の男に声をかけられた。
「君は旅人だろう」
とその男は標準的な世界共通語で尋ねたので、象は日本語なまりの世界共通語で返した。
「いや、ただの放浪者にすぎない」
その返事を聞いてその男は共通ギリシャ語でなにやら独り言をつぶやいたあと、
「それなら、好都合だ。コングレーソが開催される。人が足りないんだ。来てくれ」
と象を手招きした。その男はヨハーノ・グレーコ(ギリシャ人のヨハネ)と名乗ったが、どう見てもスカンディナビア産まれのヴァイキングの末裔のジョンにしか見えなかった。その男に誘われるようにして象は「F」と名づけられた一等客室の中に入った。薄暗いその部屋にはすくなくとも三人の人間がいた。
 ひとりはヴェトナム人で名前をグェンと名乗った。象がポケットにいれておいたステッドラーの4H鉛筆でシーツに「阮」と書くと、そのグェンは
「そうだ、それが私の名前だ」
ときれいな世界共通語で答えた。
 もうひとりは黒人だった。トーゴの出身だと言っていたが強い訛りがあったので名前は聞き取れなかった。たしか最初の音は「ン」ではじまったと思う。このトーゴ人とグェンの二人は部屋の左右を占有する二段ベッドの下段に寝転がっていた。そしてさいごの一人はフアナと名乗ったペルー人で、インカ皇族の二十代目の子孫を名乗っていた。だが、象にとってはそんなことはどうでもよくてフアナの輝くような瞳に魅せられた。フアナはここに集まった五人のなかで唯一の女性で、二段ベッドの上段を使っていた。
 その五人の中には象と、そして当然のことながらヨハーノ・グレーコもはいる。象は二段ベッドの上段を使うことをヨハーノに許された。壁にとりつけられた粗末な梯子で上段に登ると、同じ高さで身体を横たえているフアナにウィンクされて象はときめいたが、記憶の創世記から象は女性に心を動かされることは決してなかったのでウィンクを返したほかは、何もしなかった。ヨハーノが二つの二段ベッドに挟まれた細い通路に、象が登ったばかりの梯子を背もたれにして座った。
「では、第九百二十八回世界会議をここに開催する」
とヨハーノは世界共通語で議長として宣言し、
「今回の主題はどの地方の日本人がもっとも美しいか、だ」
と高らかに告げた。
その主題の提示に対してフアナが
「それは男女両性について、それとも女性だけについて?」
と強いスペイン語なまりの世界共通語で質問したが、グェンが
「それは女性だけについて、に決まっているだろう」
とやや激しい口調で主張した。
ヨハーノは今の問題提起について挙手による決をとったところ、フアナを除く四人が「女性だけについて」議論をすることに賛成した。フアナがなにやらわからない言語で呟いたので、ヨハーノは
「この場ではクロコダイルになることは許されない。世界共通語だけで話したまえ」
とフアナを詰問した。すると当のフアナは大きくて黒い瞳をぱちくりと蝶の翅のように閉じたり開いたりしながら
「あら、すみません。私は中世ラテン語で物事を考えるの」
と世界共通語で悪びれもせずに謝った。
「すると君はカイマンにでもなったつもりなのかい?」
とヨハーノは鰐学の知識をひけらかして再び問いつめたが、トーゴ人が二人の間にわって入り、さっきから君は彼女をいじめているようにしか思えないし、今の議論は主題からずれている、と責めたのでヨハーノ・グレーコはフアナだけではなく四人に謝った。
 議論は紛糾したがどうやら美しい日本人女性の産地は沖縄か京都か秋田か北海道に絞られたようだった。東京の女性についての意見を四人はずっと押し黙っていた象に求めたが、象は考慮にも値しない、と答えた。
「東京の女性は薬品や化粧品や整形技術など文明の力に依存しすぎるあまりに、人間本来の美しさを失ってしまっている」
その意見は尊重され、東京ばかりでなく京都が候補から外された。沖縄についてはグェンとトーゴ人が強く押したが、ヨハーノ議長のやや強引な司会進行によって脱落せざるをえなかった。そして残る候補は秋田か北海道か、になった。
 世界三大美女の産地として名のある秋田がほぼ決まりそうだったが、ヨーロッパ人女性のなかでロシア人女性が最も美しいという科学的根拠をフアナがあげて、最も寒い地方にその国の美女の産地がある、という法則を他の四人の男は信じ込まされた。
「極寒の空気が女性の肌をきめ細かにし、より白く、より美しくさせるのです」
白い肌が美しいというフアナの意見にトーゴ人が激しく反駁した。人種差別だ、とまで叫びかけたが議長のヨハーノが美の領域に社会学的問題を持ち込むことを好まなかったのでアフリカ大陸の意見は黙殺された。そして五人中四人の賛成を以ってこの第九百二十八回世界会議では「日本人の美女の産地は北海道地方」という結論がひねり出された。
「この結論は四十の言語に翻訳され、世界の百九十の国と地域にただちに配信されるだろう」
とヨハーノ・グレーコは告げた。

 象は一等客室をあとにした。そして誰もいない鹿児島行きの乗客専用の二等客室に戻って寝転んで、浅い眠りを眠り続けた。それから翌朝の八時半にフェリー「なみのうえ」号が鹿児島新港に入るまで象は十三回の夢を見て、そのうちの三回は覚醒夢だった。そしてそのうちの二回は離脱した彼の意識は客室にとどまり、最後の一回での彼の意識は船内を誰にも気づかれないうちに探検して、甲板に出て潮風に吹かれて、象の意識はそのフェリーには乗船していないはずの女性に恋をした。後で知ったことだがその女性は象が大学生のころに付き合っていた女子大生で、手首の切り方をいつもとは違う医学的に正しいやり方で切ってしまったために出血多量で死んだ娘だった。海のにおいを満喫したあとで象が客室に戻って自分の寝姿を見ていると、覚醒夢は幻覚が引き起こした記憶の再構築にすぎないことは知っていたけれど、どうしても自分が生と死の境界を生きていると思いたがった。それさえも覚醒夢だったのだが、口舌炎がすっかりよくなっていたので、象には限りなく神秘的な経験をしたという自信がついてしまった。長いまどろみから目覚めた象には「自分は死を超越した」という根拠のない確信がうまれた。そのために涙を流しさえした。死さえも超えたのだと思い込んだ象の心の内では、鹿児島にたどり着いてから、日本中を際限なく放浪してやろうという決意が再び燃えた。

 十月六日の午前八時半にフェリーが鹿児島新港に着いたので、十キロの重さのバックパックと寝袋を背負って一番にタラップを降りると、鹿児島は雨上がりのむせ返るような匂いがした。そこからすぐに鹿児島中央駅まで歩いていった。記憶がないのに歩いていけたのは身体が覚えていたからだ。券売機で鉄道の日記念切符を買うと、駅ビルに入っている韓国料理屋でビビンバを食べて、そのまま食卓につっぷして眠った。
 十一時に、食中毒で死んだのかと心配したウェイターに起こされて目覚めると、十一時四十五分発の都城行日豊本線に乗り込んだ。そして都城駅から宮崎駅、宮崎駅から延岡駅と南九州の日光の下で列車の旅は進行していった。延岡駅を出て車内巡廻している車掌さんが象の持っていた鉄道の日記念切符を点検して返すと
「どこまで行きますか?」
と尋ねた。象はすかさず
「知床斜里まで」
と気取って答えた。すると車掌さんはとまどいつつ、姿勢をただすと
「この列車は佐伯で止まりますので」
と大分県の駅名をあげて去っていった。象は両者の旅に対する認識の違いをおもしろがったが、同時に絶望的な気分にさせられた。日本の鉄道は鹿児島から北海道までを結んでいるが、もしかしたら日本人の何割かはその鉄路の上をほとんど通過することなく人生を終えるのではないか、という不安が象の心を苛んだ。しかし他人の心配なんてしてもしょうがなかった。今はたった三日分しかない鉄道の日記念切符をどうやってうまく利用するかに頭を悩ませるべきだったのだ。行き先はもちろん車掌さんに告げたとおりに北海道である。あの南西諸島を北東に進みながら進行していった世界会議で讃えられたような、美女の産地を訪れてみたくなったのだ。
 その日のうちに九州を縦断し、二十三時に下関駅で降りた。そして深夜の下関界隈を十キロの荷物を背負って汗を流しながら歩き回ったので疲労のあまり、吐き気がした。そのため深夜もあいている漫画喫茶で午前二時から午前五時まで、三時間だけ身体を休めることにした。七日は下関市の幡生駅から福井まで移動した。もっと移動できるはずだったが、京都府亀岡市の穴太寺に何か忘れ物をした記憶があったのでその寺を訪れていたら時間を無駄にしたのだ。その参詣は本当に無駄に終わった。実際に電車とバスを乗り継いでその寺に行ってみると門はすでに閉じられていたからだ。象は何のためにそこに行ったのかという目的すら忘れて京都駅に帰り、北陸路を進んで、その日は福井市内の漫画喫茶で寝て、翌日の計画を立てた。
 鉄道の旅三日目である八日は寝倒してしまい、五時五十分に起きた。始発には乗れず、二番手の列車に乗った。もうその時点で昨夜たてた計画は狂ってしまった。北陸本線は無駄に時間待ちが多いことで有名で、直江津や糸魚川で理不尽な待たされ方をして、旅はなかなか進まなかった。寝倒した自分を責める気持ちはいつのまにかなくなって、象はもてあました怒りを駅の近くの商店街を歩き回ることで発散した。福井駅から新潟県の村上駅へ行くのに十三時間かかった。もう夜だったが、村上駅の周囲に夜を明かせそうな施設は見当たらなかったので、特急いなほ号に乗って秋田駅まで進んだ。そして駅ビルの漫画喫茶で眠りに就いた。
 最後まで美女の産地として候補に残った秋田の県庁所在地をすぐに後にするのはもったいないので、十月九日は朝の市街地を歩いてみた。美女は確かにいることはいたが、東京や大阪よりも二、三人多いだけで、美女の産地と呼ぶために必要な美女の一個旅団に出くわすことはなかった。失望とともに新しい鉄道の日記念切符を買って、象は青森に向かった。不美人で有名な青森県の青森駅には午後五時十分に到着した。もう暗くなっていたが、そのままためらうことなく象は函館を目指した。蟹田駅から青函トンネルを渡って木古内駅に到着した。木古内の駅舎から出ると夜はすっかりふけていて雨が降っていた。そのとき象ははじめて、自分が沖縄にいたときから四日間も緑色をした半袖のTシャツ一枚を着続けていることに気づいた。同じものを着続けていることとシャツから漂うすえた汗の匂いには何ら抵抗感はなかったが、北海道のまるで冬のような冷えが象の肌を襲った。寒さに耐えながら象は雨をよけるために木古内公民館前の軒下に入り、記憶のなかでははじめて寝袋の中に入った。長らく使っていなかったのでそれをどうやって使うのかを忘れていた。しかし寝袋の中から、黒砂糖の包装紙が出てきたので、前回にこの寝袋を使ったのが奄美大島のマングローブの林の中でハブの恐怖に震えながら寝た夜であることを思い出した。そしてその夜は部分的に甦った記憶が確かならば、気づかないうちに奄美大島上空を台風が通過していった夜だった。日付は確か九月二十九日だった。
 十日は函館を経由して札幌に夜につく。ビジネスホテルで寝て、十一日に起きる。朝食サービスを食べ損ねてから、札幌市街地を十キロのバックパックを背負ってあてどなくさまよった。そして夜になると札幌の発展的な若者にまじって漫画喫茶で一夜をあかし、十二日になった。
 札幌駅から六時二分発の旭川駅行きに乗った。二枚目の鉄道の日記念切符の最終日である。九時十一分に旭川に到着した。ここまで北に来たことは象の経験には無かった。気温は十一度前後で半袖のTシャツ一枚の男には厳しすぎる寒さだった。つい一週間前まで常夏の島にいたという記憶は「神話的時間」に阻まれて全くないのだが、それでも皮膚が沖縄の焦げるような暑さを日焼けという証拠で記録していた。
 旭川駅で長い時間待たされてから東へ向かった。上川駅のホームで半袖のTシャツを着て仁王立ちで列車を待っていると「寒いだろう」と駅長さんが象にティッシュ袋を渡した。鼻水は不思議と垂らしていなかったので、それを薄手のズボンのポケットにしまった。山々は雪を頂いていた。上川駅のホームにすべりこんだ列車に乗って、象は確信した。
「なるほど、第九百二十八回世界会議の結論は正しい。どの列車に乗っても美女が乗っている」
 JR北海道は美女を運ぶだけではない、血液をも運ぶ。遠軽駅では運転士が、交代した次の区間の運転士に輸血パックに入った血液を手渡していた。象は鉄道で運ばれてくる血液を待つ、開腹したままの患者を想像した。十二日は一気に知床斜里駅まで進んだ。鹿児島中央駅からここまで来るのに六日かかった。むしろ六日しかかからなかったのは村上駅から酒田駅まで特急を使ったからであり、六日もかかったのはその他の区間をすべて鈍行で進んだからだ。
 二十一時半に知床斜里駅にたどりついた象は、何も食べずに摂氏十度以下の夜天の下を半袖シャツ一枚で知床半島めざして歩き始めた。あたりは一面の牧場地帯で、数キロに一軒の民家があるだけで吹きさらしだった。そして二十四時前にあまりの寒さにもう一歩も進めなくなり、バス停の小屋に入って扉を閉ざし、寝袋にくるまって寝た。

 十三日はあまりにも寒くて三時半に眼が覚めた。牧草地帯にはうっすらと霜がおりていた。風がとにかく冷たく、道路の電光掲示板が路面凍結注意を促していた。とにかく歩かなければ凍死しそうなので象は一歩一歩前に進んだ。うっすら日が出始めて、成層火山の海別岳が神秘的な姿を朝焼けの空の下に晒した。朱円小学校を過ぎて午前六時にやっと自力で海にたどりついた。海岸では四人の釣り人が浜辺に釣竿を固定して釣りを楽しんでいた。しばらく釣果があるかどうか見ていたけれど、どの釣竿にも一向に兆しが見えなかったので、立ち上がって再び道を歩き出した。

 その海岸の近くで象は人妻が運転する軽自動車に拾われた。まだ四十歳にはなっていないその人妻は二児の母親だったが、昨夜二十三時ごろに急に知床に行きたくなって帯広市内の家を軽自動車に乗って飛び出して、そのときまで実に七時間も道に迷いながら運転し続けてやっと知床にたどり着いたのだという。象は夫と喧嘩でもしたのだろうか、と想像をたくましくした。
「どこに行ったのかは覚えていないけれど、とにかく知床についたのよ」
とやや上気しながらその人妻は後部座席に乗った象に、道に迷って深夜の道東を彷徨いながら走行した話をした。象は人妻に手渡された地図を持っていた。その人妻は地図を見て行き先を右だか左だか指示してくれる人を求めていて、やっと七時間もかけて半袖シャツ一枚で十キロ近いバックパックを背負って知床への道を歩いている象を見つけたのだという。
「あなたのような寒そうにとぼとぼ歩いている男の子を時給千円で募集中だったの。やっと見つけたわ」
 象と人妻はオシンコシンの滝、三段の滝、フノペの滝と順々に名所を見ていった。そして象と人妻を載せた車は知床五湖にまでたどり着いた。荷物を車において身軽になって二人は五湖をめぐるコースに乗り出した。観光客は最初の三湖までを見て引き返す中で、時間に余裕のある象と人妻は奥の湖まで見にいった。あまり人が立ち入らない静かな場所なので、木の枝に乗って木の実を食べている蝦夷栗鼠を見つけることができた。また、奥の湖はあまり観光客が立ち寄らないからなのか、道のつくりが雑で足場が悪いので、人妻は手を貸してくれるように頼んだ。象は振り返り、左手を人妻に貸した。
「どうぞ。お嬢様」
とふざけて手を差し伸べたが、人妻はまるで少女のように象の手を握った。
「ありがとう」
その手は摂氏十度前後の空気のなかでは温かかった。象はもうそんなことでは心は動かなかったけれど、事態がまずい方向へ進展していることに気づいていた。しかし特に気はとめなかった。
 知床五湖を見終わった後、露天風呂があるというので山奥の道を進んだ。そしてあまり車の通らない路肩に人妻は乱暴に車をとめて、道なき道をおりていった。象もあとに続いた。小川のわきに露天の野湯があって形ばかりの脱衣場が木の板五枚という形をとって存在していた。人妻は先にその脱衣場に到着するとするすると服をぬいでいった。
「誰も来ないんだから、さっさと入ってしまいましょう」
人妻はたくさん着込んでいたが、象は半袖シャツとズボンだけだったのですぐに脱ぐことができた。人妻も象に続いて裸になった。若いころの瑞々しさは遠い時の彼方へ置き去りにしてしまっていたが、時と経験を経た女性の美しさを人妻はまだ捨ててはいなかった。
 象と人妻とは湯船につかったが、象の分身はいっこうに奮い立つ気配がなかったために、象はすまない気持ちにさせられ、人妻の方もなんだか申し訳ない気持ちにさせられた。記憶のあるこの一週間の間に、象は一度も自分が勃起をしたことがないことに気づかされた。
「どうやら僕は慢性的な不能症のようなのです」
と象は裸になってくれた女性にたいする敬意を忘れないためにも、自分の欠損を告白して弁解するはめになった。しかし人妻は聞いていなかった。彼女は屈辱からくる怒りにふるえて象を野湯から蹴り落し、小川に流した。象は自分の身体がまるで液体のように小川の上を滑るのを感じた。象はそのまま小川のわずかな水の上をするすると流れて河口までたどりつくと知床の海に沈んで流氷の季節になるまであがってこなかった。
 一月、オホーツク海岸に漂着した流氷のなかからオランダ人の海洋学者が象の凍結体を発見した。氷をとかして象の胸に手を当ててみるとまだ微かな心音があることに海洋学者は驚き、その心音が鳥のそれに似ていることにも驚いた。象はすぐに救急用のヘリコプターで札幌市内の北海道大学病院に搬送され、集中治療室で手当てを受けた。ドイツ製の保温設備に象は身体を浸され、看護師と医師が二十四時間つきっきりで血圧と心拍数の監視を行い、一週間毎に摂氏一度ずつの体温上昇に成功して、象は無事に命を繋ぎとめた。入院してから二年と十ヶ月と四日後に象は意識を回復し、その三日後に那覇港からの記憶を回復した。
 記憶が回復した象は、すぐに自分が英語を少し話せることに気づき、札幌市内の塾で英語を教える職業につこうと決めた。そもそも象には年上の相手をするよりも年下の相手をする方気が楽だった。自分より年上ならばそれなりに経験を積んで人格もできているからどんな態度で挑んでも大丈夫だと考えていて、自分より年下は自分よりも傷つきやすく脆いので態度を丁寧して言葉をよく吟味しなければならないと考えていた。そのため自然と象は年上から嫌われるようになり、年上の人間と口をききたくなくなった。象は社会的な常識よりも、自分でしっかり考えて導き出した結論を優先した。もし象が人から嫌われるとすれば、その知的誠実さが原因であると私は考えている。
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