作品名:花になる
作者:かせいち
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(オレ、花になるよ!)
そう言ってあいつは原っぱに消えた。
季節は夏の終り、真っ赤な色をした花が一面に咲く頃だった。






一、花になる





町外れの、小さな原っぱ。あいつはいつもそこに立って、ぼんやりと斜め下を見つめていた。
俺が近付いて、晴吾、と呼ぶと、
「オレ、花になるよ・・・」
真っ暗な目を俺に向けて、そうつぶやいた。
俺は毎日あいつのところに行った。周りのノイズがうるさくて、気が狂いそうだったから。
―――あの人、恋人が死んだせいで、オカシくなったんだって―――






町外れの、小さな原っぱ。あいつはいつもそこに寝転んで、ぼんやりと空を眺めていた。
俺が近付いて、晴吾、と呼ぶと、
「よう、アキイシ」
振り返って笑った細目を俺に向けた。
俺はあいつの隣に座った。あいつは相変わらず空を眺めているので、俺も上を向いた。
季節は夏の始まりで、時間は夕方、頭の上にオレンジ色と紫色の雲がたくさん浮いている頃だった。
俺とあいつは、しばらく何も言わずにそのままぼーっとしていた。
俺はいつからか、毎日この原っぱに来てこうしているようになった。俺の周りには何も無くて、時々気が狂いそうだったから。
「アキイシ、」
そしてどうでもいいことを言い合っていた。
「ゲーセンでも行こうぜ」
「俺、金無いよ」
「じゃ、ジュースおごってよ」
「だから、金無いって」
「おごってやろうか」
「いいよ、別に」
「あ、そういやオレも今、金無いや」
あいつは楽しそうにけらけら笑った。
またしばらく沈黙が続いて、
「今日、いつもより遅かったな」
あいつが声のトーンを少し変えて言った。
「ん?」
「ここに来んのが。もう日が落ちそうだし」
「、ああ、」
「何かあった?」
あいつは空から俺に視線を移した。
「ちょっとな、進路のことで」
俺は空を向いたまま答えた。
「何か、紙、配られただろ?進路調査みたいなの。“将来の夢”とか書くやつ。白紙で出したら、呼び出された。もう受験生なんだから、何か書けって。休み明けるまでに考えて来いって。・・・それだけだよ」
あいつはふぅん、と小さくうなったあと、急に何かひらめいたようににかっとして、
「そういう時はさ、“高校生”って書くんだよ」
「一生高校生でいる気かよ」
「はは」
あいつは自分で言っておきながらおかしそうに笑った。
笑いが治まってから、あいつは息を整えて、
「オレもこないだ、“将来の夢”のことで呼び出されたんだよ」
「お前も?マジで高校生って書いた?」
「いやいや、まさか。オレはアキイシみたいに説教はなくて、すぐ帰されたけど。呆れられたみたいで」
「何だそれ。何て書いたんだよ」
するとあいつはにぃーっと顔いっぱいに笑みを浮かべて、おもむろにむくりと起きあがった。後頭部の髪に草がくっついていた。
「アキイシ、オレな、花になる、って書いたんだ」
「・・・花?」
何だって?花になる?そっちの方がまさかじゃないか・・・あいつは時々、そういうことを言う奴だった。そしてその時の顔は大抵、目が消えそうなくらい細くなって、顔中全部くしゃくしゃになって、笑っていたのだった。
「・・・この原っぱな、夏の終りになると、すごいきれいな、真っ赤な花がたくさん咲くんだよ。それで、オレ、ここに連れて来て、一緒にその花見たい人がいて、それで、」
あいつの顔が、西日に照らされているせいか、だんだん赤く見えてきた。
「だから、アキイシ!」
いきなりがばっと立ち上がって、
「オレ、花になるよ!」
思いきり叫んだ。
「オレは!隣に居るだけで、そこにあるだけで、幸せな気分になれるような、花になるよ!あの子の居場所になって、咲いて、花になってみせるよ!!」
あいつは興奮して息を切らしていた。顔を真っ赤に紅潮させて、目にオレンジの夕陽を映して、きらきら笑っていた。小さい子供みたいだ、と思った。
「花か・・・」
俺はその意味を理解した。
「いいんじゃないの、きれいだし」
「だろー?いいだろー?」
あいつは照れたようににへへとよくわからない笑い方をした。やたら嬉しそうだ。俺は、あいつのこういう訳わからないところは嫌いじゃなかった。
「、そうだ、じゃあ、」
俺も立ち上がって、
「じゃあ俺、お前が花になるとこ見といてやるよ」
「マジで!?」
あいつははしゃぎ出した。
「オレ、絶対咲いてみせるよ!アキイシ見といてくれよ!いつか、花になるから!」
あいつの声は、オレンジ色と紫色のでかい空にも、町の一角の狭い原っぱにも、高らかに響いていた。
季節は夏の始まり、ちょうど今から1年前のことだった。






「オレ、花になるよ・・・」
あいつは今でもそこに立っていた。
町外れの小さな、コンクリートの上に。









二、空に帰る




僕の居場所はどこだろう  僕の帰るべき場所は



ある朝探しに出かけたら  見晴らしのいい高いところに出た  遠い上に青いものがあった
あれなら広いから  僕の居場所を分けてくれるかも知れない
嬉しくてつい走り出した  上を向いたまま走り出した  突然地面が消えて宙に浮かんだ
真っ逆さまの世界を僕は飛んでいた  周り全部青い世界 頭の上も青い世界
よかった空に行けるんだ  やっと帰れる  僕の居場所
逆さまの世界に笑顔で手を振って別れを告げて



僕は今  空に帰る













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