作品名:海邪履水魚
作者:上山環三
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――猛暑。
期末テストも無事終了し、あとは待望の夏休みを向かえるのみの焦燥の時節。
テレビではニュースキャスターがいつものように
「今夜も熱帯夜のようです――」
と、ありがたくもないコメントを発している頃――。
満月は映え、黄身色の影が水面にくっきりと映るプール・・・・、その更衣室。
暗闇の中に重なり合う二つの人影があった。
「先生・・・・、会いたかった」
その、猫撫で声を出すのは女子生徒である。
風通しの悪い更衣室の中には熱気がこもり、渦巻いているようにさえ感じられる。がしかし、今ここにいる二人にとっては、熱帯夜であろうとなかろうと、体を寄せ合う事には違いなかった。
時折吹き抜ける風が、火照った体に心地よい・・・・。
――甘い、鼻に掛かった声は、しかし生徒の恋煩う心情の吐露でもある。そして、教師の首筋に熱い息がかかる。
「先生、私、先生の事、本当に・・・・」
と、生徒は教師の胸に頬を寄せる。二人はほとんど裸の状態で抱き合っていた。教師の手が彼女の細い肩をそっと抱き寄せる。
「先生、一緒に泳ご・・・・」
顔を上げて言ったので、形のいい唇が強烈な引力を持って教師の視界に入った。すぐに口付けをする。生徒がそっと全身の力を抜くのが分かる。
「ん・・・・」
教師はそのまま生徒を抱いて、更衣室を後にすると、プールサイドに立った。
ゆらゆらと水面が揺れている。
「・・・・先生?」
恍惚とした表情を浮かべて、生徒が口を開いた――次の瞬間、教師は黒くさざめくプールの水面に向かって、彼女を力一杯突き飛ばした!
何が起きたのかすぐに理解できなかった生徒は、水面に叩き付けられる直後に、悲鳴を上げた。が、それはすぐ、彼女自身と一緒にプールの水へと飲み込まれる――。
その後の教師の行動は素早かった。自らも勢いよくプールに飛び込むと、むせ返り、もがく生徒の頭を容赦なくつかむ。
「せっ・・・・、何をっ・・・・! イヤッ――」
髪の毛を教師につかまれながらも、生徒は必死になって抵抗する。水を跳ねる細い手が、足が、まるで別の生き物のようにじたばたと、滑稽なくらいオーバーに暴れる。教師は頭から水をかぶりながら、しかし容赦なく万力のようにつかんだ生徒の頭を、プールの中へずぶずぶと沈めた。
生徒の爪が教師の頬を切った。
あぶくが吹き出して水面で弾ける。
やがて、その抵抗は目に見えて弱まっていく。教師の頭より高く跳ね上がっていた水飛沫が、肩――、胸――、と段々低くなり、生徒の手足はぜんまいが切れたかのようにプッツリとその動きを止めた。
コポリと、小さな水泡。
教師はゆっくりと手を放した。――生徒の髪の毛が指に絡み付く感触を楽しむ。
と、同時に、彼女の体がすうっと浮いてきて、水面でくるりと仰向けになった。
扇のように黒い髪の毛が広がる。
絶命しているのは一目で分かった。生命の消えたその身体を、教師は愛しそうに何度も撫でると、くるりと向きを変え、プールから這い上がった。
生徒が満月と共にゆらゆらと水面に漂っているのが、プールサイドからよく見える。それは、彼女が生きて微笑んでさえいれば、神秘的でファンタジーのように美しい光景だった。
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