作品名:おばあちゃんの風鈴
作者:えびすかぼちゃ
■ 目次
おばあちゃんの風鈴ある初夏の午後、おばあちゃんはえんがわのひじかけいすで、ひなたぼっこをしていました。

ちょっぴりあけた窓のすきまからそよ風がふいてきてはチリンチリン、と風鈴を鳴らします。おばあちゃんはその鈴の音にじっとききいりました。とおくでハトが鳴いています。



おばあちゃんは、目が見えません。音だけが、身の回りのことを知らせてくれる手がかりなのです。その日はとてもおだやかな日で、まわりもおだやかな音に包まれていました。それで、おばあちゃんはついうとうとしだしました。風鈴の音が、ハトの声が、だんだんとおくなります。



どれくらいねむったでしょうか。チリンチリン、チリンチリン、いつにない風鈴のはげしい音に、おばあちゃんは目をさましました。はてな、とおばあちゃんは思いました。

おばあちゃんが感じる風は、さっきと同じ、おだやかなそよ風だったのです。

「どちらにせよ、窓をしめたほうがよさそうだわ。」

おばあちゃんはよっこらしょ、とたちあがりました。歩きなれた部屋の中、ひじかけいすから2,3歩すすめばもう窓に手が届くことがわかっていました。ところが、3歩、4歩と進んでも、窓がありません。けれども、風鈴はすぐそこで鳴っています。



 おばあちゃんはもう一歩、足を進めました。窓はありません。チリンチリン、と風鈴がもう手が届きそうなくらい近くで鳴っています。もう一歩、もう一歩。チリンチリン、という音をおいかけておばあちゃんは歩きました。



十歩、そして二十歩歩いても窓には手がとどきませんでした。風鈴は目の前にあるかのように聞こえるのに、ぜんぜん手が届かないし、追い越すこともできません。おばあちゃんは自分が今、家のどのあたりにいるのかを考えました。

「きっと客間のふすまのあたりにちがいねえ。」

おばあちゃんのおうちは、昔ながらの日本家屋で、部屋と部屋が長い廊下でつながっていました。ほうこうをまちがえて、そっちのほうにきてしまったらしいとおばあちゃんは思ったのです。

「洋子が、風鈴を客間のほうにうつしたのかえ。」

洋子、というのはおばあちゃんの娘です。すでに結婚して、家族がいます。

チリンチリン、と風鈴は鳴り続けます。さあ、もうすぐ客間の窓に手が届く。そう思ったとき、さあっと強い風が吹きました。風鈴が一段とつよい音を立てて鳴り響きました。

そして、おばあちゃんは広い野原に出たのです。

 おばあちゃんはその景色を自分の目ではっきりと見ることができました。青々とした草、木々、青い空、白い雲。そしてもう見ることができないとあきらめていた温かく光る太陽も。一瞬、おばあちゃんは我を忘れました。そしてもう一度、ゆっくりとあたりを見回しました。草や木々は風が吹くたびにそよそよと揺れます。よく見ると、草の合間からシロツメクサの花も顔をのぞかせています。

「ありがてえありがてえ。」

おばあちゃんは目に涙をためてつぶやきました。

 トトトトト、と背後を誰かが走る音がして、おばあちゃんは振り向きました。小さな音にもおばあちゃんはとてもびんかんです。見ると、小学校に入りたてくらいの女の子が、シロツメクサをつんで遊んでいるのでした。おばあちゃんはとおくからその子の様子をながめました。女の子は器用にシロツメクサで冠をつくって自分の頭にのせました。が、最後のつなぎめがあまかったのでしょう、冠は女の子の頭に載るやいなや、ほどけてしまいました。がっかりしてため息をつき、あたりを見回した女の子は、おばあちゃんに気がつきました。

「ほどけちゃった。」

女の子はおばあちゃんに近づき、冠をさしだしました。おばあちゃんははっとしました。

「あんた、まおじゃないか。」

「そうよ、おばあちゃん。」

いまさら何を言うの、とまおはけげんそうな顔をしました。おばあちゃんはまお―生まれてすぐにしか姿を見ることのできなかったじぶんの孫の顔をじっと見つめました。くるくるっとした真っ黒な瞳がおばあちゃんをまっすぐに見つめています。

「えらいかわいくなって。大きくなって。わたしがはじめてみたときはまだこれくらいちっちゃかったえ。」

そういっておばあちゃんは手を広げました。そして差し出されたシロツメクサのかんむりを取って、はしとはしをうまいこと結んであげました。

「はしっことはしっこはこの花を通して…。」

おばあちゃんの手をまおがじっと見つめました。

「ほら、できた。」

できた冠をまおの頭に載せました。

「すごい」

こんどは冠はほどけることなく、ぴったりとまおの頭にのっかっています。

まおは飛び跳ねて喜びながら、

「こっちきて。」

とおばあちゃんの手を引っ張りました。

「ありがてえ、ありがてえ。」

そういいながらおばあちゃんはまおといっしょに歩き出しました。



「まおちゃん、ちょっとまってね。」

おばあちゃんは、こらえきれずにどんどん走っていくまおをゆっくり歩きながら追いかけていました。するとまおはまた、ちょこちょこ走って戻ってきます。

「腰がいたくてね。そんなに走るとつかれるよ。」

「つかれないもん。」

まおはそういって

「ゆっくりでいいよ。」

とまた、一人で先に走っていきました。

「元気がええねえ。」

おばあちゃんはまたゆっくりとまおをおいかけます。



「ここ。」

まおがとまったのは小さなほら穴の入り口でした。

「へえ。」

おばあちゃんは感心してしまいました。こんな都会に発展した町に、まだこんなほら穴が残っていたなんてねえ。

 まおはまた、おばあちゃんをほら穴の中へといざないます。まおにはちょうどいい大きさのほら穴ですが、おばあちゃんにはちょっと小さすぎました。おばあちゃんは腰をかがめてゆっくりとしか進めません。


ずっと夢中で歩いていたまおがふいに口を切りました。
「まおね、ここでずっと一人だったの。これからは毎日おばあちゃんと遊べるね。」
ほら穴の中で、まおの声が響きます。

「ああ、ああ、そうだねえ。うれしいねえ。」

こんどはおばあちゃんの声が響きます。

 はじめ、ほらあなはまっすぐ続いていました。そこからきゅうにぐっと右に曲がりました。曲がると、今度は前方に小さな光が見えてきました。出口です。

「もうちょっと」

まおがおばあちゃんをはげましました。出口に近づくにつれ、どんどん目の前が明るくなります。明るくなって、明るくなって、そして、穴を抜けると、真っ白な光に包まれました。





ちりんちりん

ちりんちりん

おばあちゃんが大好きだったあのひじかけいすのそばで、風鈴が今も、澄んだ音を立てています。








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