作品名:転生関ヶ原
作者:ゲン ヒデ
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 天正のある年の正月、徳川家康は、年賀を慶するするため、安土城を訪れた。
 挨拶も終えた翌日、天守閣の最上階へ、羽柴秀吉が家康を案内した。
 西の窓で、立って外を見ていた、織田信長が振り返り、
「猿よ、ごくろう。三河殿、東海一の弓取り殿よ、こちらへ、」
と呼ぶ。眼下には琵琶湖への水を貯める西の湖が望めるが、信長の視線は、西の山裾である。その向こうには京都がある。

 信長は、横に来た家康に、
「三河殿に相談したいが、長き伝統の王朝をどう思われる」
 旧習の伝統を忌み嫌う信長が、天皇家を追放する気だ、とすぐさま家康は気づくが、
しばし考え、
「右府(信長)さま、実は、あなたさまへの奇妙な物を、ことづかり、持って参りました」といって、まず、控えている秀吉に、緑青でさびた銅製の筒を渡すと、秀吉が信長に渡す。
 筒を一瞥して、信長は、
「この献上品、誰からの物か」
「いえ、献上品ではなく、持統大帝からの下されものです」
「持統大帝? ……千年前の女帝ではないか」

「実は……」
 姉川の戦いでの家康の働きぶりで、「東海一の弓取り」と信長に賞賛されたことが、世に広まったとき、三河の由緒ある神社、五社の宮司が、次々に家康に、代々からの口伝えを知らせた、
「持統大帝が、東海を行幸なされたとき、三河のそれらの神社に、『遠い後の世、わが弟、大友皇子が、転生して、東海一の弓取り、といわれる武人になろう。その者が現われれば、熱田の大宮司の元に行き、朕が預けた物をもらうように』と伝わっていて、不思議に思い、こちらに来る途中、熱田に寄りますと、それをもらいました」

「ん、この筒に刻まれた文字には、……三河の者よ、これを朕が父の生まれ変わりの、右府とやらに渡せ、という意味が書かれているが」
 秀吉が、預かり調べて、小刀でつついていると、さび付いたふたが、開いた。
「上様、このような紙切れがあります」
 九百年も経っているのに、渡された手紙は、黄ばみもしていなかった。

 広げれば、細かい漢文がぎっしりと書かれている。
 読み終えると、信長は、ため息をついた。
「右府さま、何が書かれていますか」の家康の問いに、
「女帝は、自分の半生で起こった不思議を書かれておられる。それにしても、遙か未来の、今の我らを感じたとは、……。日の本の国に幸あれと、祈り願いつづけるために、王家はある、と諭しておられる。考えを改めよう。王家は守りつづける。……それにしても、王家を滅ぼそうと思った予が、天智帝の生まれ変わりだとは……」手紙を窓において、空を仰いだ。

「三河殿、こざかしい事をなされて!」秀吉は、家康の作り話のための細工だと疑った。
 振り返った信長は、制するように、
「猿、三河殿は嘘を言っているのではない。忘れていたが、子供のころ、予も熱田の宮司から、その伝来話を聞いた」

「今から思えば、幼きころ、人質として尾張に留め置かれたとき、我が前に現れた右府さまを見て、どこかで会ったことがあり、懐かしいと覚えましたが、前世では親子でしたか」
「親子のう、……ふふふ、三河よ、似てないのう」
「ははは、妬けるくらい美男の右府さまには負けますなあ」
 
 皆が笑っていると、一陣の風が手紙を舞い上がらせ、窓の外へ追いやった。
 どこへ、飛んで行ったか、手紙の行き先は、知れずじまいになる。
 この日、治っていた歴史の、突然の歪みは、何事もなく消え、真っ青な空が、安土城を見下ろしていた。
        
          (愚著 吉野彷徨(W)大后の章 最終回「未来への手紙」より)


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