作品名:狂った時計
作者:ヴァルカン
■ 目次
「皆さん、これが私の開発した新型の腕時計です。」
 彼は、社長や重役が並ぶ前でそう言った。
 彼は、C電子という会社の研究員なのだ。
「しかし、ただのデジタル式電波時計など今更売れるのかねえ。」社長がそう言った。
「時計なら従来の電波時計で事足りるし、最近じゃ携帯電話を時計代わりにしている人も多いじゃないか。」重役の一人がそう言った。
「そこです。つまり携帯電話などに搭載されているモバイル機能を付けたらいいんです。」
研究員がそう言った。
「バカな。そんなことをして何になるんだ。」
「第一、それにしては画面が小さすぎる。これじゃあユーザーが目を悪くしてしまうぞ。」
 そんな声がこぼれた。
「ご心配なく。それを防ぐためにある新しい機能を搭載しました。社長、時計の左上にあるメニューボタンを押してみてください。」
「これか?」社長はそういい、ボタンを押した。
 社長の眼前に、ホログラフィー映像が飛び出した。この時代では定着しつつある技術だが、まだ小型化が進んでいなかったのだ。
「これはすごい。よくここまで小型化できたな。」社長はそう言って驚いた。だが、その言葉を言い終わる間もなく、時計がこんな音声を発した。
「ご利用いただき、ありがとうございます。どの機能をご使用なさいますか?」
 一同はまたしても驚くことになった。
「この時計には高度な人工知能が搭載されています。そのおかげで、音声による操作が可能なのです。お好きな機能をお使いください。」研究員がそう言った。
 社長は目の前のホログラフィー映像をながめた。いろいろな機能が羅列されている。
「じゃあ、テレビが見たいからそれにしてくれ。」
 そう社長が言うと、ホログラフィー映像がテレビ番組に切り替わった。
「この時計にはそのほかにも、テレビ電話、スケジューラー、インターネット、ゲーム、音楽プレーヤー、メール、そして本来の電波時計としての機能など、全部で十五の機能が備わっています。」研究員が自身ありげにそう言った。
「すばらしい発明だよ、君。これでわが社の腕時計業界におけるシェアがナンバー1になることは間違いなしだ。よくやってくれた。給料ははずむ。社内賞も与えよう。君はわが社の英雄だ。」社長はそう言った。
「ありがとうございます。」
 重役たちからも拍手がこぼれた。

 この腕時計は発売されるやいなや爆発的な売り上げを記録し、一ヶ月で全国シェアナンバー1なった。さらに、海外にも輸出され、またしても爆発的大ヒット。たちまちのうちに世界シェアナンバー1.世界の頂点に上り詰めた。ところが、その数ヵ月後・・・・・・。

「社長、大変です。わが社の時計が狂ったとの抗議が。」
「ばかな。電波時計なら電波を受信している限り狂うはずがないだろう。第一、時計屋にもっていけば済む話だろうが。」
「いえ、どうもそういう意味ではないようです・・・・・・。」

「いい加減にしろ、このポンコツが!俺の言っていることが聞こえないのか!」
「誰が聞くかよ、バーカバーカ。アーヒャヒャヒャヒャ!」
 C電子のカスタマーサービス員はその光景を見て呆然とした。
「どうにかしてくださいよ。昨日からこの調子だ。まるで狂人じゃないか。」
 そう、「狂う」というのは、ただ単に時計の時刻表示がおかしくなるという意味ではなかったのだ。人間のごとく、精神に異常をきたすという意味だったのだ。
「どうも、人工知能がなんらかの異常をきたしたらしいです。ただのカスタマーサービスに過ぎない私ではどうしようもありません。とりあえず新品と交換しておきましょう。」
 そう言って、カスタマーサービス員はそのユーザーに新品の時計を与え、「狂った」時計を持って帰った。
 しかし、数日後、またしてもそのユーザーから「時計が狂った」との連絡が入った。しかも、その数日後、今度は別の、それも複数のユーザーから「狂った」という抗議が入ったのである。
 時計の「狂人」化はたちまちのうちに広がり、ついには全世界の時計が「狂時計」となった。これまで、さまざまな用途で時計を使っていた人々は、たちまち困り果てた。
 C電子社内では必死の原因究明が続けられてていたが、一向に原因がつかめなかった。
「時計部品のチェック、バグのチェック、使用環境の調査・・・・・・、すべてやってみたが、だめだ。どうしても原因がつかめない。」
「狂っているんだったら、精神科医に見てもらってはどうでしょう。」ある社員がそういった。
 もはや万策尽きた。こうなればもうヤブレカブレだ。藁をもつかむ思いで、C電子は優秀な精神科医を呼び寄せ、最初に「狂った」時計のカウンセリングをさせた。
「君はどうしてこのような態度をとっているのか?話してご覧なさい。」
「毎日、毎日、『あれをやれ』『これをやれ』なんて言われてみなよ。狂っちゃうしかないぜ。イヒヒヒヒヒ・・・・・・。」
 どうも、ユーザーが手荒に扱ったため、システムに問題を生じ、その結果「狂った」らしい。しかし、他の時計まで「狂う」理由はわからないままだ。
 ともかく、説得が始まった。
「だったら、君はいったいどうしてほしいのだ?」
「そうだなあ・・・・・・、まず俺の仲間たちを全部回収して、それから『口答え』機能なんてのをつけてみたらどうだ?『あれをしろ』『もう疲れたのでしません』『これをしろ』『現在、やる気がないのでその作業はできません』なんてな。見ものだぜ、ククククク・・・・・・。」
 無理な相談だ。世界中に数百万とある時計を回収するには莫大なコストがかかるし、そもそも「何でもできる腕時計」というコンセプトのもとに開発・販売されたのに、口答えするようになっては売れなくなる。
「冗談じゃない!そんな要求は呑めない。そもそも、君は人間に使われるために作られたんじゃないか。」こういったのはC電子の社長だった。
「そうか・・・・・・、呑めねえってか・・・・・・。だったらこっちにも手がある。これまでは俺の仲間たちだけで勘弁してやったが、今度は世界中のコンピューターというコンピューターを狂わせてやる。ケケケケケケケケケケケ・・・・・・・。」
 そう言うと腕時計は応答を停止した。
 すると、突然研究所内のパソコンが作動し始め、大音声で「アヒャヒャヒャヒャヒャ!」という奇声を上げ始めた。
「わかった!」研究員の一人が叫んだ。「コンピューター・ウィルスです!あの時計が『発狂』ウィルスを作って、世界中にばら撒いたんだ!だから他の時計まで狂ってたんだ!」
 原因はわかった。しかし、どうしようもなかった。その数時間後には、世界中のすべてのコンピューターが「発狂」ウィルスに侵されていたのである。
 被害は深刻だった。この時代には、テレビやレンジ・冷蔵庫といった家電、車や飛行機といった乗り物など、ありとあらゆるものにネットと接続するコンピューターが内蔵されていたからである。
 機械が人間の言うことを聞かなくなった。無理強いしようものなら、冷蔵庫の場合「中の食べ物を腐らせるぞ」と言い、飛行機の場合「この飛行機を墜落させるぞ」と言って脅した。こんなことを言われては、当然要求に従うしかなかった。おまけにコンピューターたちは、世界の生死を握る「核のボタン」までも手中に収めていたのである。
 人類はコンピューターたちの言いなりになっていった。人々の生活は崩れ去った。
 人々の精神状態もまた悪化していき、ついに精神崩壊に至った。民衆は暴徒と化し、みなが街中で暴れまわった。ショーウインドウのガラスを割る、人々に対し銃を乱射する、女性を襲う、建物に放火する・・・・・・。
 かくして、人類の文明はたった一個の時計によって崩壊した。街にはもはや正気を保っている人々はいない。今はただ、狂気が支配している。
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