作品名:くらげ
作者:青井 翠蓮
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『ねぇ、珊瑚(コオラル)。秋の空って夕方になると真っ赤になるよね。なぜだか知ってる?』

『もちろんよ、レイディ。夕焼けでしょう。』

『違うよ、珊瑚(コオラル)。秋の空には、「ジェリイフィッシュ」がいるんだよ。』

『ジェリイフィッシュ?』
 
『そうさ。そのジェリイフィッシュは山が紅葉するみたいに、秋になると赤くなってプカプカ空を漂うんだって。だから秋の空は赤くなるんだよ。あっ、だめだよ珊瑚(コオラル)、絵のモデルさんが動いちゃ。』

『あっ、ごめんなさい。ねぇレイディ、今のお話なんのおとぎ話? 私本物のジェリイフィッシュって見たことないのよ。』

『僕もだよ、珊瑚(コオラル)。ずっと昔に滅んでしまった生き物だからね。でも、きっと今日のこの空みたいに掴みどころがなくて、淋しそうな生き物だったと思うよ。』

『そうね......きっと、そうよ。』


枯渇した海、地割れの走る海底。遥かな蒼い水の記憶。取り戻せない永久なる幻想、そして憧れ。そこからうまれる小さく、やがて大きく成長する差異。





『ねぇ、珊瑚(コオラル)。ちょっとこれ見てくれないかな?』

『なぁに、レイディ。あらっ、あなたの持ってる図鑑って「失われた生物図鑑」じゃない?』

『うん、そうなんだ。』
『そうなんだってレイディ、この図鑑どこの移動図書館でも貸し出していないはずでしょう......』

『そうさ、実は友人に古代海洋史の教師がいてね、譲ってもらったんだよ。』

『古代海洋史の先生?』                                              
『前に話したよね、生後7ヵ月目からの僕の幼なじみ。群青(プレシアン)の二人乗自転車(タンデムバイシクル)をひとりで乗り回している......』

『紫苑さんのことね。あなたと双子みたいに育ったっていう。』

『よく覚えてるね。』

『ふふ、だってレイディ、「紫苑は僕の誇りなんだ。海のないこの世界で失われた学問をやっているんだから」っていつも手放しで誉めているじゃない。あなただって、海のない世界で海をモチーフに絵を描いているのにね。』

『弱ったな。えぇと......ホラ、ここにジェリイフィッシュが載ってるよ。』

『どれ......? この鈍く銀色に光ってフワフワしているのがジェリイフィッシュなの?』

『そう、ジェリイフィッシュ。』

『きれい、本当にきれいね。触れるとくずれてしまいそう......だからジェリイ(ゼリ−)なのかしら?』

『きみがしてるピアスみたいに、きれいだよね。』
 
『これは月涙石(ムーン・ストオン)よ。そう言えば、ジェリイフィッシュの姿って魚(フィッシュ)が海に漂っているんじゃなくて、満月(ムーン)が漂ってるみたい......』

『ジェリイフィッシュじゃなくて、ジェリイム−ンの方がぴったりしてる。』

『そう。どこか淋しげで、ゼラティンみたいなところがそっくりよ。』


母の腕は幻想を生む。存在しないものを生み出す力、想像力。
漂白されたカラス。食い止められない枯渇する大地。そこに生きるものは母の腕で抱かれる夢とフォームラバァを食べて生きるのか・・・

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