作品名:妄想ヒーロー
作者:佐藤イタル
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「例えば僕の運動能力が人一倍優れていたら、どんなに良かっただろう」


毎年この時期、僕には必ず憂鬱がつきまとっていた。そして授業の合間の十分間は、特にその憂鬱が増して僕に襲い掛かってくるのだ。
その何とも言えない気を晴らすために……というわけでもないが、後席に語りかけてみたりする。
「そうは思わないか、井上君」
「そうは……って言っても、仕方ないべ。言ってるだけじゃ、なにも変わんねーし」
振り向くと僕の友人は、もう次の授業の準備を進めていた。彼との付き合いは優に一桁を超えている。
それ故に僕の事は親以上に理解してくれている――――……はずだ。推測にしか過ぎないが。
「学校一頭が良いとは言え、運動能力はゼロだからな」
生徒会長のくせに。
……ガヤガヤと煩い男女で賑わう教室の中で、彼のその一言だけがやけにはっきりと聞こえた。


確かに僕は、生徒会長という役職についている。だが、任されたのではない。押し付けられたのだ。決して立候補したなどという立派な過去は持っていないし、やりたくてやったわけでもない。
たまたま人より少しだけ頭の回転速度が速いというだけで、誰もやりたがらないと有名だったこのお役目を担任より頂戴したのである。(思い出してみるとあの時僕を抜擢したのは井上くんだったような気もする)

広い心の持ち主というのは、いつでもその広大な心の中の溝に、抱えきれない程の苦労を溜め込んでいるのだ。自分で言うのもどうかと思うが。
しかしあの時、僕が引き受けることを承知していなければ、きっと誰か他の人に回されていたのだろう。そうなってしまうと、回された人が気の毒に思えて、何故か僕が非常に後悔する羽目になる。
他に悩むべきことも多いこの時期に、そんな事で足枷を作ってしまうのも納得いかなかったので、仕様が無かったのである。ああ、僕はなんてお人好しなのだろう。
そして僕の次に恐らく抜擢されていただろう人物も、大体は見当がついていたので尚更だった。


「……体力測定」
ふいに井上君がボソッと発した単語に、僕はビクッと身を震わせた。
「ぼぼ、僕には関係ないな…そんなもの。聞いたことも見たこともない」
自分で聞いていても声に覇気が感じられなかったと思う。
「聞いた見た以前に、実際に毎年やってることだろうが。お前も、俺も」
彼が呆れたようにため息をつく事にも、僕はただ納得するしかなかった。言い返す術も無い。
井上君は準備していた教科書を整えると、頬杖を突きながら僕の目を見て話し始めた。




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