◎献金偽装の「蜘蛛の糸」を登り切れるか
まるで芥川龍之介の「蜘蛛の糸」が自民党に垂らされたような光景である。「鳩山個人献金偽装」の糸だ。これをうまく登り切れるかどうが総選挙前最後の“賭け”となる。具体的には首相・麻生太郎が「麻生降ろし」をかいくぐって、都議選直後の解散を思いとどまり会期末解散まで「鳩山追及」を継続できるかどうかである。「蜘蛛の糸」が切れるかどうかはそこにかかっている。
「幻の党役員人事」をめぐる“袋だたきで”またまた麻生内閣の支持率が低下することは避けられまい。静岡知事選にも都議選にも悪影響をもたらす。しかし人事は解散に直結するとみた党内の反発がいったんは治まり、都議選後まで休戦状態に入った形であろう。自民党内に筆者がかねてから指摘してきたように「鳩山追及」のための解散先延ばし論が2日、急速に台頭してきた。同夜には自民党内各派事務総長らが会談、会期末の28日まで「鳩山献金偽装」の追及に取り組み、解散はすべきでないとの点で一致した。反麻生勢力の「麻生降ろし」のための解散先送りではなく、「鳩山追及」のための先送りである。
もちろん願ってもない好餌に与党が飛びつかないわけがない。自公両党は「鳩山民主党代表の個人献金偽装問題」プロジェクトチーム(PT)を立ち上げ、予算委員会に鳩山を参考人招致することを決めた。しかし国会での追及には時間が必要だ。都議選直後の解散では追及も中途半端で恐らく鳩山が逃げ切るだろう。そこで会期末の28日解散なら疑惑をかなり暴くことが可能だろう。しかし問題は麻生がそこまで持つかどうかである。持たないと判断すれば麻生は直後に「やぶれかぶれ解散」をするだろう。なんとか持つと判断すれば会期末解散で「8月30日」か「9月6日」の投票となる。
民主党の対応だが、党執行部は「鳩山擁護」だ。国対委員長・山岡賢次は与党の追及の動きを「自民党は恥も外聞もなく卑劣な手段を使ってくる。与党の自作自演につきあう必要はない」と断じた。参考人招致が卑劣とはどうしても思えない。唯我独尊の極みだ。そして民主党は衆院政治倫理確立・公職選挙法改正特別委員会における、与党提出の公選法改正案と政党助成法改正案審議欠席した。鳩山の党首討論拒否と併せてみると「逃げ」の一手で押し通そうとしている。その背景にはかねてから指摘しているように黙り通した小沢一郎の“成功体験”がある。西松献金問題をだまり通して代表を変えたら支持率が一挙に回復した。今回もだまり通しても、国民の政権交代志向は変わらないと判断しているのだ。
しかし、「献金偽装」はその悪質さにおいて第一級のわかりやすさがある。故人の名前を使って「マネーロンダリング」(町村信孝)、「贈与税をなくすためにやった」(菅義偉)と実に批判しやすいのだ。今後国会での追及の焦点は「参考人招致」だが、応じなければ強硬手段はいくらでもある。また鳩山と民主党不在で与野党が審議すれば、それだけで問題の所在を浮かび上がらすことも出来る。要するに「鳩山個人献金偽装」の実態を明らかにして、「次の首相にふさわしい」かどうかの世論調査をどこまで引き下げられるかにかかっている。「蜘蛛の糸」が切れて釈迦に見放されないよう、いかに事を運ぶかだ。反麻生勢力も「麻生降ろし」の醜態をさらすより、鳩山追及の方がよほど効果的であることに気付くべきだろう。
◎鳩山はトラバサミから逃れられない
「政権は末期症状」と民主党代表・鳩山由紀夫が批判しているが、自分自身も末期症状ではないか。鳩山は選挙での有利さを考慮に入れて「麻生首相の手で解散をすべきだ」とも主張するが、逆に自民党にとっては鳩山が総選挙までひたすら代表であり続けてほしいという事態になった。個人献金偽装記載問題は自民党にとって願ってもない天佑なのだ。鳩山は前代表・小沢一郎の西松献金偽装を上回るトラバサミにかかった。絶対に抜けないだろう。今後、自民党が指摘しているように脱税疑惑に発展するなど新事実が生じて来る可能性があり、鳩山ブームは就任1か月あまりで確かについえた。
鳩山は自らの釈明記者会見で二つの致命的な論理上の破たんを見せている。一つは、全てを秘書のせいにして秘書を解雇して済ませようとしたことだ。これは幹事長時代の2007年9月7日の記者会見で、自民党議員の政治資金疑惑に関連して「資金管理団体、政党支部の代表者は政治家本人。領収書の多重使用などは事務的なミスではない」と述べていることと全く矛盾する。政治資金疑惑は全て政治家本人の責任であるというのが鳩山本人の政治信条でありそれで政府・与党を追及してきたのだ。
他の一つは、「秘書は個人献金があまりにも少なく、それが私にわかったら大変だという思いがあった」とも説明したが、鳩山の個人献金は与野党の政治家のそれと比較しても圧倒的に抜きん出ている。朝日新聞によると年間5千万〜1億1千万の個人献金が集まっているのだ。しかもそのうち偽装で問題になった匿名献金が突出しており5年間で2億3千万円に達しているのだ。5万円以下は記載しなくてよいから、それを“活用”したことになるかもしれない。発表の総額の2177万円どころではない。匿名献金は5年間で2億3千万に上るのだ。とても「個人献金があまりに少なく」などと言えることではない。つまり、死んだ「故人献金」や「他人献金」での報告に加えて、わざと5万円以下に小分けの献金にしたかたちで報告を免れる構図が浮き上がっているのだ。
焦点はこの個人献金の原資はどこかということだ。隠ぺいしなくてはならない理由がある原資だから隠ぺい工作をしたのであり、鳩山は謝罪会見でも全く説明責任を果たしていない。自民党選対委副委員長の菅義偉は「資産移転と疑われてもしょうがない。贈与税をなくすためにやったとか、いろんな疑惑がある」と述べている。莫大な遺産の処理で試算を政治資金に移転して脱税をしていたとなれば、新事態である。民主党は鳩山が小沢を擁護し続けたのと全く同じ構図で幹事長・岡田克也が鳩山を擁護するというありさまだ。政党組織として説明責任を全く果たしていない。
鳩山の好きな「国民」という用語をあえて使えば、総選挙で国民は総理候補を選ぶことになるが「献金偽装首相」を選ばなければならないことになるのだろうか。自民党は麻生が解散に踏み切る以上、無駄な「麻生降ろし」などしているときでもあるまい。問題は麻生が“解散逃げ込み”を踏みとどまって、「鳩山疑惑」が支持率として定着できるまで待てるかどうかだ。下手をすれば時間切れとなる。参考人招致を早々に実現させられるかどうかが最大の勝負所だ。官憲が動くとすれば国会の追及状況を見たうえであろう。ロッキード事件と似ている。
◎村田“核密約”証言の深謀遠慮
元外務次官・村田良平が米軍の核持ち込み容認の日米密約はないとする政府見解を真っ向から否定して密約の存在を明らかにした。元公務員としての守秘義務をあえて破って、この時点で証言したことは日本の安全保障問題とりわけ非核三原則と絡んで重要な問題を投げかけている。村田証言は同三原則のうち「持ち込ませず」が破たんしていることを意味している。北朝鮮の核とミサイルの脅威が現実のものとなり、米国の「核の傘」による抑止力に依存せざるをえない状況下で、寄港も領海通過も認めずに安全を確保できるだろうか。
村田は衝撃の証言をこの段階でした理由について、「冷戦も終わって核の持つ意味も変化した。北朝鮮も核を持っているのだから」と説明している。「外務省を辞めてもう十数年たち、冷戦も終わって時代が全く違う。だから、もういいだろうと判断した」とも語った。村田の証言は明らかに国家公務員法違反となる。第百条第一項には、「職員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後といえども同様とする」とある。退職後も法的には責任を問われるのであり、非常に勇気のいる証言だ。守秘義務を次官経験者が知らないわけがない。あえて証言したのは何故か。それもこの時点での証言はなぜか。筆者は民主党政権になった場合の事態を“憂慮”した深謀遠慮があると見た。村田は大局観のある外交官の一人である。
村田によれば同密約は一枚の紙として事務次官が受け継ぎ、次官から外相に説明してきた最重要事項の一つである。民主党政権になった場合も事務次官は同様の説明を外相に対して行うであろう。その場合、ほぼ確定的に民主党政権は歴代自民党政権の犯してきた過ちの筆頭として核密約を公表するに違いない。密約追及の先頭に立った社会党左派の残滓を背負う民主党政権である。それよりも事前に公表したほうが国家のためになると判断したのに違いない。また外交官の誰かがものを言わなければ後輩に迷惑がかかるという判断もあったに違いない。惜しむらくは現政権のレベルを知らなかった。政権にとっては村田証言に応じて、密約の存在を認め、非核三原則を見直す絶好のチャンスでもあるのにそれをしないのだ。
官房長官・河村建夫も「核持ち込みの事前協議がない以上、核持ち込みはない」と古色蒼然たる政府見解を持ち出して、否定した。政権の判断力欠如である。政府高官は「政府見解だからしょうがない。文書そのものがないことになっている。ないものは出せない」とあくまで建前論にこだわる姿勢を示している。韓国大統領・李明博は賢明にも米大統領・オバマとの間で北の核脅威に対して米国が核の傘を行使する旨の約束を文書で交わしている。麻生はほとんど報道されていないが電話会談で核の傘の合意に少し触れただけである。おりから麻生は民主党の最大の欠陥である安保・防衛問題を総選挙のテーマにしようとしているが、逆に核密約で切り返されたらぐうの音も出なくなるだろう。読売新聞が社説で「米国の“核の傘”による抑止力を高めるには、有事の部隊運用の柔軟性が重要だ。タブーにとらわれない核論議が求められる」と比較3原則の見直しを提案しているのは同感である。厳しさを増す極東情勢に対処するためにも政府は密約を認め非核3原則を修正すべきだ。
◎時間切れで「麻生解散」を止められまい
自民党内反麻生勢力が「麻生降ろし」の幕を開けたが、果たして「降ろす」ことが可能だろうか。首相・麻生太郎の基本路線は総裁選挙前倒しをせず、人事も断行せず、解散に向けて中央突破の姿勢である。これを阻止するには「時間」と衆目一致の「新総裁候補」が必要となるが、間に合うか。反麻生のトップが中川秀直でやりきれるか。条件的には解散権を握る首相が主導権を握る。閣僚で解散詔書に署名拒否する動きが出るだろうか。たとえ出ても麻生が代理署名で解散できる。
注目すべきは元首相・小泉純一郎の発言。チルドレンとの29日の会食で「これまでいろいろと厳しい選挙を経験したが、次の衆議院選挙は経験が無いほど厳しい選挙だ。民主主義なので野党になってもしかたがない」と述べた後の発言だ。「来年の参院選の頃また総選挙がある」と衆参ダブル選挙での再起を期するよう促した点だ。小泉は読み切っている。つまりじたばたしても麻生が解散に持ち込み、政権は民主党に移行するとの判断だ。その背景には自民党の選挙情勢調査で大敗を予想させる流れが出ていることだ。反麻生の動きもすべてこれに起因している。中川が「自爆解散」と定義づける根拠もそこにある。
麻生側近の菅義偉が「100パーセント麻生太郎首相で次期衆院選をやる」と述べているのは、もう負けを覚悟で総選挙に臨む腹を麻生が固めたことを物語っている。これに対して反麻生はどう突破口を開くのか。担ぎ出す御輿があるのか。元官房長官・塩崎恭久らの中堅・若手グループ約10人は「マニフェスト(政権公約)がない段階での解散は認められない」と、マニュフェスト作りの過程で政権を揺さぶる構えだ。自民党の各種議員連盟が30日に「マニフェスト会議」を開催するがこれがとっかかりだろう。しかしマニフェストなどは作文でどうにもなる。執行部が受け入れれば終わりだ。
それでは衆目の一致する総裁候補がいるのだろうか。お笑いなのは元幹事長・武部勤が27日、北海道稚内市での講演で「ポスト麻生」の総裁候補としては、元防衛相・小池百合子と厚生労働相・舛添要一の名を挙げていることだ。確かに二人とも国民に人気があるが党内がまとまるか。枡添は参院議員で首相候補として法的な問題はないが、議院内閣制の趣旨と矛盾する。小池は女性であり目先が変わることを狙ったのだろう。二人とも“統治能力”があるとは思えない。「選挙の顔」を意識している点では悪評さくさくの「東国原担ぎ出し」の発想と変わらない。有権者はもはや「選挙の顔」でだませる段階を通り越して、自民党に怒っているのだ。
問題は派閥の領袖らがどう動くかだ。町村派会長・町村信孝や津島派会長・津島雄二らはいまのところ政権支持だ。古賀派会長・古賀誠も「首相の手で解散」論だ。問題は、中川らの麻生批判の動きを強くけん制して麻生を擁護してきた元首相・森喜朗がこのところと言動をストップさせていることだ。しかし、森が反麻生を助長することはまずあるまい。若手議員らに対する執行部や派閥の締め付けも始まっている。執行部から選挙応援の割り振りや選挙資金などでの圧力をかけられたら、選挙に弱い議員には苦しい圧力になる。ゴングは鳴ったものの、麻生が都議選直後にも解散に打って出たら阻止できる力はない。
◎政局記事のぶれに報道の姿勢を問う
解散時期にせよ党役員人事の問題にせよ、全国紙の「政局判断」が揺れに揺れている。「都議選前」の解散が「都議選後」となり、役員人事も朝日新聞などは名前まであげて散々人事報道したあげく、「見送られる」である。朝日の解散、党役員人事は誤報に近い誤判断とも言える。勝手に誤判断しておきながら各紙とも「首相、またぶれる」と首相のせいにして“逃げ”を打っている。報道の姿勢が問われる場面が続いている。
解散の性急な判断も党役員人事の先走りも首相・麻生太郎の25日の記者会見後に起きている。解散で麻生は「解散はそう遠くない日」と述べたが、これをまずNHKが「都議選前の解散を視野」と踏み切った。これに引っ張られるように朝日新聞と共同通信が「都議選前解散」を見出しにとった。読売だけは「都議選後」とした。加えて党役員人事がなぜか走り始めた。首相会見後に首相側近筋が「党役員人事と閣僚の補充を行うことになろう」などと漏らしたのが背景だ。これを「首相の意向」と受け取った各社は、「首相人事に着手」と判断して書きまくった。朝日の場合古賀誠選挙対策委員長は留任、細田博之幹事長、保利耕輔政調会長、笹川尭総務会長ら党3役の交代、検討幹事長は菅義偉選対副委員長や舛添厚生労働相らと報じてしまっている。まるで週刊誌並みの聞きかじり報道である。
ところが、細田が27日に首相と会談すると局面はがらりと変わり、読売などは人事が見送りとなったと書き、各社とも解散も「都議選後」と報じるようになった。麻生が「党役員人事をやるとか、自分から言ったことはない。外野が言っているだけだ」と述べたからだ。ところが朝日新聞だけは28日の朝刊でも「細田博之幹事長の交代焦点」と見出しにとったうえに、幹事長に枡添、菅の名前を挙げ続けた。朝日の見出しの流れを見ると26日朝刊で「首相、都議選前の解散に含み」と踏み込んで、ようやく29日の朝刊で「解散、都議選後広がる」「与党内、人事見送り論も」と訂正し、記事の中で「自民党役員人事は見送られ、衆院解散は7月12日投開票の東京都議選後になるという見方が広がっている」と報じている。昨秋の解散日断定の大誤報に次ぐ政局の見誤りである。
政局記事の基本は、政治家の発言をとらえて解散なり党役員人事なりの方向性を記者自身が打ち出す「判断力」にある。とくに見出しでどう判断を打ち出すかが勝負である。ところがその判断を打ち出しておきながら「党内に見方が広がる」などと他人事のように訂正するのは
“逃げ”とも言え、無責任でもある。加えて各紙とも自分の誤判断を麻生のせいにする傾向が流行している。人事見送りの原稿にはかならず「首相の求心力の低下」を理由に挙げ、また解散の訂正記事には「首相のぶれ」をその理由に挙げる。本人に直接取材しないままである。その解散にしても、今度は国対委員長・大島理森が「7月8〜10日のラクイラ・サミットに行く前に解散するか。帰ってから解散するか。首相の決断はその二者択一ではないか」と述べており、まだ「都議選前」の可能性も残っているのである。したがって解散判断が二転三転して最初の線に戻ることも考えられる。
ここまで来るといずれにしても総選挙の投票日は8月上旬になるだろう。同月2日か9日の可能性だ。解散が都議選の前か後かはそれほどの問題とはなるまい。25日から始まった新聞の迷走ぶりは政治記者の質の低下すら覚えさすものがある。迷惑なのは読者ばかりであろう。一犬虚に吠ゆれば番犬実を伝うであろう。みんなで渡れば怖くない報道の典型であった。
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