間人の名辞が 京王の橋本 整体 2014/06/21 11:56:22
間人の名辞が [返事を書く] | ||
間人の名辞がもと良民賤民の中間人の義であり、それが主として土師部或いは駆使部の程度の社会的地位を有する階級の者について呼ばれたが故に、ハシヒト或いはハセツカベと言われ、中世には転じてハシタとなり、音読してチュウゲンとなり、或いは一種の三昧聖の称としてハチまたはハチヤの名を生ずるに至った事は既に観察した。しかもなお一方にそのマヒトの転なるマウト(モオト)の名称が、或る低級なる農民の称呼として徳川時代までも各地に残存していたことは、また看過すべからざる興味深い事実である。 自分はかつて民族と歴史一巻一号において駆使部と土師部との関係を論じ、その中に明暦四年及び寛文十年の阿波の棟附帳(戸籍)から「間人」なる一階級の民衆の存在を紹介しておいたが、その後同国の田所市太君は、その他にも間人に関する記録の、同国古帳簿に少からず散見することを報道せられた(同誌五巻三号)。同君の紹介せられたところによると、同国の間人には既に万治の頃に田地を有するものの存在した事が明らかである。万治元年十月三日附の名西郡上山村棟附の中に、 高一石二斗九升七合 間人 一家 忠左衛門 三十八 というものがある。 | ||
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