[新しく発言をつくる] [HPへ戻る] [真流一の会&メンタルヘルス友の会ってどーよ]

632さんからの問いかけ−その1

  632さんからの問いかけ−その1 450 2006/07/28 02:17:27 
  632さんへ。 450 2006/07/28 02:33:02  (修正1回)
  @疑情を晴らそうとする必要のない本願の真... 450 2006/07/28 02:35:58 
  │└re:@ 450 2006/07/28 03:02:39 
  │ └レスありがとうございます。 632です。 2006/07/29 23:29:48 
  │  ├632さんへ。 450 2006/07/30 04:11:02 
  │  ├@「事実」とは? 450 2006/07/30 04:12:00 
  │  └A聴聞とは、阿弥陀仏の説教を聴くこと? 450 2006/07/30 04:12:45  (修正1回)
Re: レスありがとうございます。 [返事を書く]
A聴聞とは、阿弥陀仏の説教を聴くこと?
> >「それは大変ありがたいことなんだよ」と聞かせて頂く。
> >これが聴聞ということです。
>
> こうなると、聴聞とは、凡夫や正定聚の説教を聴くことではなく、
> あくまで救い取っていただく阿弥陀仏の説教を聴く、ということに
> なろうかと思いますが、いかがでしょうか。
そういうことですね。
ただ、私が言っているのは、一の会で言う神秘体験ではありませ
ん。

『大無量寿経』に沿って説明するなら
「聴聞」とは、諸仏が阿弥陀仏を讃嘆される言葉(御名号)を聞
くことです。

経文の該当箇所は以下の部分になります。
「十方恒沙の諸仏如来、みな共に無量寿仏の威神功徳の不可思議
なることを讃歎したまう。あらゆる衆生、その名号を聞きて、信
心歓喜せんこと、乃至一念せん。心を至し回向したまえり。かの
国に生まれんと願ずれば、すなわち往生を得て不退転に住す。」
(『大無量寿経 下巻』)

ご存知の通り、お釈迦様は、諸仏の中のお一人です。
ですから、お釈迦様が御在世の間は、お釈迦様が称えられる御名
号を聞くことが聴聞となります。
しかし、お釈迦様は、既に亡くなっていらっしゃいます。

では、私たちの場合はどうなるのか?
それは、口伝や文書によって私に届けられた御名号を聞くという
方法を取ることになります。

このように南無阿弥陀仏を聞くご縁は、それぞれの業によって違
いがあります。
ですから、凡夫や正定聚の説教を聴く形を取る場合もあるでしょ
う。
しかし、それは伝わり方であって、重要なのは御名号を聞くこと
にあります。
そして、御名号を聞いた人は「阿弥陀仏の直の喚び声」が、私に
届けられたことを喜ぶわけです。

これを蓮如上人は、『御一代記聞書』で以下のように仰っていま
す。
「蓮如上人、法敬に対せられ、仰せられ候う。「今、此の弥陀を
たのめということを、御教え候う人をしりたるか」と、仰せられ
候う。(中略)蓮如上人、仰せられ候う。「此の事をおしうる人
は、阿弥陀如来にて候う。阿弥陀如来の、我をたのめとの御おし
えにて候う」由、仰せられ候う。」(77章)

ということで・・・
お分かり頂けましたでしょうか?
** この記事は1回修正されてます 450 <jgbbjsyqkq> 2006/07/30 04:12:45 [ノートメニュー]
  │   └説明が足りないような・・・ 450 2006/07/30 05:06:39 
  A疑情をどう晴らすかではなく、晴らす必要... 450 2006/07/28 02:37:43 
  │└re:A 450 2006/07/28 03:14:05 
  B無我に聞くとは、どういうことか。 450 2006/07/28 02:39:45 
   └re:B 450 2006/07/28 03:30:50  (修正1回)

[真流一の会&メンタルヘルス友の会ってどーよ] [HPへ戻る]
新規発言を反映させるにはブラウザの更新ボタンを押してください。

[懸賞] [キャッシング] [無料掲示板レンタル] [オンライン小説] [SEO] [古本通販]